大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和59年(ワ)621号 判決

第一事件原告、第二事件原告(以下「原告」という。) 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 遠藤直哉

右同 萬場友章

第一事件原告訴訟復代理人第二事件原告訴訟代理人弁護士 牧野茂

第一事件原告訴訟復代理人弁護士 竹岡八重子

第一事件被告(以下「被告一郎」という。) 乙山一郎

第二事件被告(以下「被告松子」という。) 乙山松子

右両名訴訟代理人弁護士 中川隆博

主文

一  原告の被告一郎に対する主位的請求をいずれも棄却する。

二1  原告が別紙物件目録第一記載の各物件について一〇億九四五九万四七三九分の一億二三六四万八一七二の割合の持分権を有することを確認する。

2  被告一郎は原告に対し別紙物件目録第一記載の(一)ないし(二三)の物件について一〇億九四五九万四七三九分の一億二三六四万八一七二の持分移転登記手続をせよ。

3  原告のその余の予備的請求を棄却する。

三  原告の被告松子に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち原告に生じた費用の三分の二と被告一郎に生じた費用の三分の二を原告の負担とし、原告と被告一郎に生じたその余の費用を被告一郎の負担とし、被告松子に生じた費用を原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

1  (第一事件)

(一) 主位的請求

(1) 第一次請求

被告一郎は原告に対し別紙物件目録第一記載の(一)ないし(二三)の各物件について千葉地方法務局千葉西出張所昭和五四年一一月一日受付第四一六九七号所有権移転登記(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

(2) 第二次請求

被告一郎は原告に対し右の各物件について原告が九分の二の割合の共有持分権を有する旨の更正登記手続をせよ。

(3) 第三次請求

被告一郎は原告に対し右の各物件について原告及び乙山二郎が各九分の二の割合の、乙山花子が三分の一の割合の各共有持分権を有する旨の更正登記手続をせよ。

(二) 予備的請求

(1) 原告が別紙物件目録第一記載の各物件について一〇億七九三九万六一八一分の一億二三二三万四九七八の割合の持分権を有することを確認する。

(2) 被告一郎は原告に対し別紙物件目録第一記載の(一)ないし(二三)の物件について一〇億七九三九万六一八一分の一億二三二三万四九七八の持分移転登記手続をせよ。

(三) 訴訟費用は被告一郎の負担とする。

2  (第二事件)

千葉地方法務局所属公証人西田隆昭和五四年九月一三日作成昭和五四年第三四二四号遺言公正証書(以下「本件公正証書」という。)による乙山太郎の遺言は無効であることを確認する。

二  被告一郎

1  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告松子

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告の請求原因

1  (第一事件)

(主位的請求)

(一) 原告は、乙山太郎(以下「太郎」という。)の次女であり、被告は、太郎の長男である。

(二) 太郎は、昭和五四年九月二五日死亡し、その相続人は、配偶者である乙山花子、次女である原告、長男である被告一郎及び次男である乙山二郎である。

(三) 別紙物件目録第一ないし第五記載の不動産は、もと太郎が所有していたものであるが、同人は、昭和五四年九月一三日千葉地方法務局所属公証人西田隆に対して、遺言についての公正証書の作成を嘱託し、国立療養所下志津病院において、本件公正証書により遺産を次のとおり各相続人に相続させる旨の遺言をした(以下「本件遺言」という。)。

(1) 妻花子 別紙物件目録第二記載の不動産

(2) 次男二郎 同目録第三記載の不動産

(3) 原告 同目録第四記載の不動産

(4) 被告一郎 右以外の全財産

(四) 被告一郎は、本件遺言に基づき、別紙物件目録第一記載の(一)ないし(二三)の物件について相続を原因とする本件登記を経由した。

(五) しかしながら、本件遺言は、次の理由によって無効である。

(1) 遺言能力の欠如

太郎は、昭和五四年八月頃、パーキンソン症候群及び老人性痴呆症により精神能力が著しく減退していたばかりか、肺ガンの末期症状により肉体的にも極度の衰弱状態にあったため、意思能力を欠いた状態にあった。

(2) 遺言の方式違背

本件遺言に際しては、民法九六九条二号所定の「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」の要件が欠けていた。すなわち、本件遺言当時、太郎には発言能力がなかったから、同人は、遺言の趣旨を口授せず、かつ、口授に代るべき書面も作成しなかった。

したがって、本件遺言は無効であるから、太郎の被告一郎に対する遺贈も無効である。

(六) 被告一郎は、本件遺言にあたって、太郎が精神的肉体的に極度の衰弱状態にあたることを奇貨として、自分の言うとおりの遺言状を作らなければ太郎の世話をしないと同人を強迫し、また、同被告は、太郎の判断能力が極度に衰えていたことから、遺言状の内容が真実は同被告の大半の遺産を取得するものであったのに、太郎の可愛がっていた次男二郎に多くの土地を相続させる内容であるからと太郎を欺罔した。

すなわち、被告一郎の右の各行為は民法八九一条四号に該当するので、同被告は、太郎の相続人となることができない。

(予備的請求)

(一) 主位的請求の請求原因(一)ないし(四)に同じ。

(二) 原告は、遺留分として太郎の総遺産に対する九分の一の額を受けるべきである。

(三) 太郎の総遺産は、別紙物件目録及び別紙財産目録記載の不動産、動産、有価証券、預金等である(ただし、別紙物件目録第一記載の(二三)ないし(二九)の建物は価値が著しく低いためこれらを除外し、同目録第五記載の不動産については売却による代金を預金又は生前贈与の額に含めた。)。これら財産の価額から債務である二五〇一万六四七二円を控除したものが太郎の総遺産の評価額となり、この価額から原告の遺留分を算定すると、一億六〇三一万五二七八円となる。原告は、別紙物件目録第四記載の不動産の贈与を受けており、その評価額は、三七〇八万〇三〇〇円であるから、原告が減殺請求しうる額は、一億二三二三万四九七八円となる。

(四) 原告は、昭和五五年二月五日、被告一郎に対し、第一事件の訴状の送達をもって別紙物件目録第一記載の各物件の一〇億七九三九万六一八一分の一億二三二三万四九七八の持分について遺留分減殺請求の意思表示をした。

よって、原告は、被告一郎に対し、主位的に、本件遺言が無効で遺贈も無効であること、同被告が相続欠格者であることに基づき、別紙物件目録第一記載(一)ないし(二三)の各物件について本件登記の抹消登記手続をすることを求め、仮に被告一郎が太郎の相続人であるとしても、法定相続分に従い、第二次的に、右各物件について原告が九分の二の割合の共有持分権を有する旨の更正登記手続をすることを求め、第三次的に、他の共同相続人のためにも保存行為たる妨害排除請求として、原告及び乙山二郎が各九分の二の割合の、乙山花子が三分の一の割合の各共有持分権を有する旨の更正登記手続をすることを求める。また、予備的に遺留分減殺請求に基づき、別紙物件目録第一記載の各物件について、原告が一〇億七九三九万六一八一分の一億二三二三万四九七八の割合の持分権を有することの確認と、同目録第一記載の(一)ないし(二三)の各物件について遺留分減殺を原因とする前記割合の持分の移転登記手続をすることを求める。

2  (第二事件)

(一) 第一事件の主位的請求原因(一)ないし(三)に同じ。

(二) 被告松子は、本件遺言において、遺言執行者として指定された。

(三) 第一事件の主位的請求原因(五)に同じ。

(四) 原告は、本件遺言が無効となると、別紙物件目録記載の各財産から債務を控除した財産中の九分の二を相続することとなる。

また、原告は、第一事件において、被告一郎のみを相手方として主位的請求をなし、他の相続人の乙山花子と乙山二郎を相手方としていない。したがって、第一事件において本件遺言が無効であるとの判決がなされても、その判決の効力は花子と二郎にまでは及ばない。しかし、本件遺言が無効であることは相続人全員について対世的に確定される必要があるから、遺言執行者である被告松子を相手方として本件遺言の無効確認を訴求することについて、訴えの利益がある。

(五) よって、原告は被告松子に対し、本件遺言が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  被告太郎

(主位的請求)

(一) (一)ないし(四)の事実を認める。

(二)(1) (五)(1)の事実中、太郎がパーキンソン症候群に罹患していたことは認めるが、その余の事実は争う。太郎は、本件遺言当時、口調もはっきりしており、署名等も自らするなど意思能力が完全であった。

(2) (五)(2)の事実を争う。本件遺言は、予め遺言者の遺言の内容を記載した書面が公証人に交付されており、公証人がその内容を筆記して遺言書作成当日これを読み上げ確認したところ、遺言者である太郎もその内容を確認したのであって、その方式に違背するところはなかった。

(三) (六)の事実を争う。

(予備的請求)

(一) (一)、(二)の事実を認める。

(二) (三)の事実中、太郎の総遺産が別紙物件目録及び別紙財産目録記載のとおりであることは認めるが、その評価額については争う。

(三) (四)の事実を認める。

2  被告松子

(一) (一)、(二)の事実を認める。

(二) (三)の事実については、被告一郎の主位的請求原因に対する答弁(二)に同じ。

(三) (四)については争う。

第三証拠《省略》

理由

(第一事件について)

一  主位的請求

1  請求原因(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件遺言当時、太郎には意思能力がなく、また、本件公正証書遺言の作成に際しては、その方式に必要な口授の要件を欠いているから、本件遺言は無効であると主張するので、本件遺言の有効性を検討する。

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 太郎は、明治四二年一一月二六日生まれで、農業を営んでいたが、昭和五四年七月二六日、肺ガンの疑いで千葉県四街道市鹿渡九五一番地所在の国立療養所下志津病院に入院した。太郎は、同病院に入院当初、全身の倦怠感を訴えていたものの、見舞いに来た人達とは普通に話をしたり、八月一三日には次男の二郎が翌日北海道から嫁を連れて帰ってくることを楽しみにして仲人の話もしたりするなどした。

(2) 太郎の妹の丙川竹子は、下志津病院の医師から、太郎の命はあと二、三か月しか持たないと聞かされたので、親族に呼び掛けて、八月一六日に太郎の生家に集まってもらい、太郎の後継者を誰にするかについて話し合った。その親族会議には、花子、被告一郎、二郎、原告の相続人全員と丙川夫妻、原告の夫らが集まった。太郎は、かつて二郎を後継者と考え、二郎もそのつもりであったが、同人は、同年三月ころから北海道に移住して飲食店を開業し、農業を継ぐ意思がないと表明したので、被告一郎が後を継ぐことについて話し合いが行われた。原告は、その席で、二郎に家業を継がせるべきであると主張したが、容れられず、最終的には被告一郎が後を継ぐことに話が落ち着いた。

(3) 太郎は、相続人間の遺産争いを心配して、遺言をして置くことを考えるようになり、八月末ころ、丙川竹子に対し、本件遺言公正証書(甲第四号証)に記載されている内容の遺言をしたいと、これを口述した。竹子は、それを筆記し、数日後、右書面を被告一郎に渡した。

被告一郎は、同じころ太郎から遺言書を作成する手配をするよう頼まれ、太郎の指定した公証人青山を尋ねたが、同公証人に差支えがあって、同公証人から公証人西田隆を紹介された。

被告一郎は、前記遺言内容の書かれた書面と、不動産登記簿謄本を携えて公証人西田を訪れ、同公証人に右内容の遺言書の作成を依頼した。

同公証人は、被告一郎に対し、太郎の病状、発言能力、筆記能力の有無等を確かめ、同被告から「太郎は肺ガンであるが、物も言えるし、遺言できる。」との回答を得て、遺言書の作成を引き受け、遺言の内容を同被告から前記書面に基づいて説明を受け、その内容を公正証言用紙に清書し、署名・捺印部分のみを残して予め準備した。

(4) 同年九月一三日、公証人西田は、遺言書を作成すべく、下志津病院の太郎の病室を訪れ、証人として被告松子、丁原梅夫の二名が立ち会った。公証人西田が太郎にあいさつをしたところ、太郎は、遺言を作成する公証人を青山だと思っていたためか、「間違っているのではないか。」との趣旨を述べたが、被告一郎が青山公証人から西田公証人に交替した理由を説明したところ、太郎は、納得した様子であった。公証人西田は、遺言の内容を、予め清書した遺言書に基づいて、太郎及び証人二名に読み聞かせたところ、太郎は、遺言の対象となっている物件の中に売却処分したものが入っていないかなどの質問を発し、これに対して被告一郎は、「省いてある。」などと答えた。公証人西田は、全部の内容を読み終えた後、太郎に対して「間違いないかどうか。」と質問をし、太郎は、小さな声ではあるが「はい。」か「うん。」と答えたので、同公証人は、太郎に右公正証書用紙を渡して署名させ、証人二名にも同様に署名させて、本件遺言公正証書(甲第四号証)が作成された。

(5) なお、太郎は、昭和五三年六月末から、「歩いていて止まらない」とか、「字がまっすぐに書けない」などの症状を自ら訴えたため、松戸市立病院の神経内科に同年八月中旬ころまで入院し、その後、千葉大学医学部付属病院の神経内科に通院した。太郎は、昭和五四年七月二六日下志津病院に入院してからは、全身の倦怠感、発熱、咳、痰などの症状を訴えていたが、同年八月三日ころから、タオルに穴があいていないとか、ベッドのまわりに虫がいるなどの幻覚症状や頭に釘がささっているといった妄想症状が出るようになり、同年九月八日、同病院内科では、これをガンによる疑いのある胸膜炎とパーキンソン症候群と診断し、同月一〇日、同病院神経内科では、腫瘍によるホルネル症候群(患側の瞳が小さくなったり、顔面の汗が出なくなったり、結膜が充血したり、目が落ち込んでくるなどの症状を呈する。)及びパーキンソン症候群の病勢が悪化しているとの診断をした。太郎には言語障害がみられ、夜になると暴れるなどの症状が出たため、九月一日ころには個室の病室に移った。太郎は、同月一二日には「思うように話ができない。」とか、「右目の開眼が不完全でうっとうしい。」などの症状を訴え、同月一三日午前七時四〇分には喀痰を自力で喀出することができなかったため、これを機械で吸引してもらい、同日の夜には不眠のため注射を看護婦に依頼したが、看護婦から薬物に頼らず眠るよう説得されて入眠するなどした。

以上のとおり認められ(る)、《証拠判断省略》

(二) 意思能力の有無について

本件遺言当時の太郎の意思能力の有無について検討する。

前記(一)認定(1)(5)の事実によれば、太郎は、本件遺言当時、七〇歳という高齢であったうえ、パーキンソン症候群にかかって言語障害、幻覚、妄想の症状もみられ、通常人に比べその精神能力が相当程度低下していたことは認められる。しかしながら、以下の事実に照らしてみれば、遺言の作成に要求される意思能力まで欠いていたものとまでは言い得ない。すなわち、同じく前記認定(1)(5)の事実によれば太郎は、幻覚、妄想の症状が出ていた昭和五四年八月頃にも、見舞いに来た人達とは普通に話をしたり、次男の二郎が来ることを楽しみにしていたほか、担当の看護婦に自己の症状を訴えたり、看護婦の説得に応じたりする状況がみられているのであり、更に、《証拠省略》によれば、太郎の妻である花子が付添っているときには、その指示に従っていたことも認められるのであって、太郎に幻覚、妄想の症状が出ていたとしても、なお、同人は、通常の精神活動をする能力をもちあわせていたというべきである。更に、前記認定(4)の事実によれば、本件遺言当時、太郎の言動には異常というべきところはなく、却って、公証人が人違いではないかとか、遺言対象物件に処分済みのものが入っていないかとか、通常の思考作用を働かせていたことが窺われるのであり、かつ、甲第四号証の遺言書に太郎の署名した筆跡をみても、そこには字体の震えとかの異常は見受けられず、むしろ判然とした字体であることなど考えると、本件遺言当時、太郎が意思能力を欠いていたなどとは到底いうことができない。原告は、本人尋問において、本件遺言前後の太郎は、正常な会話もできず、訳の分からないことを言うなどの状況であったから、本件遺言は正常な意思で作成されたものではないと供述するが、これは、遺言の現場に立ち会っていない原告の推測に過ぎず、前述したところにより、信用することができない。

よって、この点についての原告の主張は理由がない。

(三) 口授の有無について

前記(一)認定の各事実からすれば、太郎は、本件遺言当時、病気入院中であり、言語障害があって、その発言能力において完全とは言い難い状態であったが、本件遺言公正証書は、元々、太郎がその遺言内容を妹の丙川竹子に口述し、竹子がそれを筆記して被告一郎に渡した書面があり、公証人西田は、被告一郎から右書面に基づいて太郎の遺言内容を聴取し、その聴取した内容を公正証書用紙に筆記清書して太郎の許へ持参し、太郎に右公正証書を読み聞かせたところ、太郎は、右内容に間違いないことを肯定し、これを承認して本件公正証書に署名した、という経緯が認められる。

そこで検討するに、遺言者による遺言内容の公証人への口授が法律上要求されている趣旨は、遺言者の自由にして明瞭な意思の表示を確認して、遺言者の真意を確保するというところにあると考えられる。そうすると、本件においては、前記のように、太郎の竹子に対する遺言内容の指示があり、それを竹子が筆記した書面に基づいて、被告一郎が公証人に遺言内容を伝え、公証人は太郎に対し右遺言内容に相違ないか確認したという経緯であって、右経緯のなかでは、太郎の真意は一応確保されているものということができる。したがって、本件においては、前記法律の要求する趣旨は実現されているから、遺言内容の口授の点において遺言の方式に違背すると解するのは相当でない。

(四) よって、本件遺言の無効を前提とする原告の主位的請求は、その余の点についての判断をするまでもなく、いずれも理由がない。

二  予備的請求

1  請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、太郎の相続開始時点における財産及びその評価額は別表(一)ないし(四)記載のとおりであり、昭和五四年九月八日、同月二二日に太郎が花子、二郎、被告一郎に対してした生前贈与の額は、別紙財産目録記載の生前贈与の額欄記載のとおりである。したがって、遺留分算定の基礎となる財産及び生前贈与の合計額は、一四億七〇四七万九九五二円となる。一方、《証拠省略》によれば、太郎の債務は二三九二万三七〇〇円であるから、前記合計額から右金額を控除した一四億四六五五万六二五二円が遺留分算定の基礎となる財産の価額である。したがって、原告は、右遺産について九分の一の遺留分を有し、その価額は一億六〇七二万八四七二円となる。

3  右1及び2認定の事実によれば、本件遺言によって、原告の取得した財産の価額は三七〇八万〇三〇〇円、花子の取得した財産の価額は生前贈与を含め一億六七四〇万六八一三円、二郎の取得した財産の価額は生前贈与を含めて一億四五四七万四四〇〇円で、その余の財産を被告一郎が取得したことを認めることができる。花子及び二郎の遺留分を前記太郎の遺留分算定の基礎となる財産の価額一四億四六五五万六二五二円に基づき計算すると、花子については二億四一〇九万二七〇八円、二郎については一億六〇七二万八四七二円となり、本件遺言による遺贈、生前贈与を含めても花子、二郎の取得した財産の価額は同人らの遺留分の価額にも満たず、これに対して、被告一郎が同人の法定相続分を超える額の財産を取得していることは明らかである。したがって、原告は、被告一郎の取得した財産に対し遺留分を侵害された限度まで遺留分減殺請求権を行使でき、その額は、一億二三六四万八一七二円となる。

4  請求原因(四)の事実は当事者間に争いがない。したがって、本件遺言によって被告一郎に遺贈された財産について、右3で認定した原告の遺留分を侵害した価額の割合で物権変動があったということができる。被告一郎が遺贈によって取得した財産の価額は一〇億九四五九万四七三九円であり、原告が侵害された遺留分の価額は一億二三六四万八一七二円であるから、原告は、一〇億九四五九万四七三九分の一億二三六四万八一七二の割合で別紙物件目録第一記載の各物件について、遺留分減殺請求により共有持分権を取得したということができる。

5  そうすると、原告の予備的請求は、原告が別紙物件目録第一記載の各物件について一〇億九四五九万四七三九分の一億二三六四万八一七二の割合の持分権を有することの確認を求める部分及び別紙物件目録第一記載の(一)ないし(二三)の物件について一〇億九四五九万四七三九分の一億二三六四万八一七二の持分移転登記手続を求める部分に限り正当であるが、その余の部分は失当である。

(第二事件について)

一  いわゆる遺言無効確認の訴えは、請求の趣旨において形式上過去の法律行為の確認を求めることとなるが、その実質において遺言が有効であるときに、それから生ずる現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合であれば、適法なものとして許容されるのであり(最高裁判所昭和四三年(オ)第六二七号同四七年二月一五日第三小法廷判決参照)、弁論の全趣旨によれば、原告の訴求に係る第二事件の請求の趣旨は、その実質において現在の法律関係の存否の確認を求めるものであると解することができる。

二  しかし、前記第一事件の主位的請求において認定し、かつ、説示したとおり、本件遺言は有効なものであったのであるから、原告の被告松子に対する請求も理由がないものというべきである。

(結論)

そうすると、第一事件における原告の主位的請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求は、原告が別紙物件目録第一記載の各物件について、一〇億九四五九万四七三九分の一億二三六四万八一七二の割合の持分権を有することの確認を求め、かつ、別紙物件目録第一記載の(一)ないし(二三)の物件について前記割合による共有持分権の移転登記手続を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、第二事件における原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 池本壽美子 小野洋一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例